京都一乗寺の洋菓子店「むしやしない」の一番人気メニューは、なんといっても
「ミラクル*ケーキ」
この「ミラクル*ケーキ」は、ケーキの4つの原料である「小麦粉」「卵」「バター」「砂糖」のうち、「小麦粉」「卵」「バター」の3つを使わずに作られた、ケーキの概念を超えたまさにミラクルなケーキです。
「ミラク*ケーキ」誕生に至るまでには、7年もの歳月がかかりました。
きっかけは、「むしやしない」開業より3年程経った時に、「24種類のアレルギーをもっている、4歳の男の子が食べられるクリスマスケーキを作ってほしい」
というご要望をお客様からいただいたことでした。
その日のことは鮮明に覚えています。クリスマス3日前、パティシエにとって1年で最も忙しい時期です。
ご来店されたのは、男の子の叔母さま。話を聞いて驚きました。
アレルギー特定原材料である乳製品・卵・小麦粉・そば・落花生はもちろん、米・大豆・青魚・鶏肉・牛肉・キューイフルーツやナッツ類全般が食べられません。
当然、私が最も得意とする豆乳も使えません。
お客様の無理難題とも言えるオーダーを聞いた時に私は
「やってみます」と即答していました。
お客様の話を伺いながら、その男の子のご家族の苦労を想像したからです。
しかし、その晩は厨房でひとり、途方にくれてしまいました。ヒントを求めてケーキ職人の先輩たちに電話をしてみましたが、
「断りなさい」とまっとうなアドバイスがいただけただけ。
そして電話の後に思ったのは、
「経験豊富な先輩たちが断るのであれば、私まで断ったら彼は一生ケーキが食べられないかも。できる限り、時間の限界まで挑戦しよう」
ということでした。
男の子のお母さんに電話して、彼が食べられる食材を一つ一つ確認して、3日間ほぼ徹夜でのケーキ作りが始まりました。
そして何とか出来上がったのは、バナナとリンゴをメインに使った、茶色い地味なケーキ。
4歳の彼は、人生で初めてのケーキを「おいしい、おいしい」と目を輝かせてほおばったそうです。
その2年後、その男の子から今度は、
「絵本に出てくるような、苺の乗った白いクリームのケーキが食べてみたい」
という要望がありました。
私はこの注文を聞いて、文字通り頭を抱えました。彼は年齢を重ねるにつれ少しずつ食べられるものは増えていましたが、この時点で、まだ大豆のアレルギーがありました。
「彼に絵本に出てくるようなケーキを食べさせてあげたい」
その一心で試行錯誤の末、なんとか見た目だけ華やかな、苺の乗った白いケーキをが出来上がりました。男の子は「すごくおいしい!」と喜んでくれました。
でも、その時の私は罪悪感でいっぱいでした。なぜなら、彼に作ったケーキは見た目だけの華やかさで、ケーキの食感とは全く違ったガチガチの硬いケーキだったからです。
「いつかはもっと、ふわふわでおいしいケーキを作って食べさせてあげたい!」
そう心に決めました。
「卵を使わずにフワフワのスポン生地を作るにはどうしたらいいか」
毎日頭の片隅でアレルギー対応のケーキ作りことを考え続けました。そして、ある時答えにたどり着いたのです。
こうして豆乳や米粉で出来たしっとり生地に、豆乳クリームでデコレーションされた、フワフワの美味しくてヘルシーなミラクル*ケーキが誕生しました。
このミラクル*ケーキ誕生秘話については、私の出版した初めてのレシピ本『小麦粉・卵・乳製品を使わないのにめちゃめちゃ美味しい12のお菓子』にもっと詳しく書かれています。
私自身は食物アレルギーはないのですが、食物アレルギーを持つ男の子との出会い、真摯に向き合うことで、私一人では思いつかなかったような新しい夢もできました。
「アレルギーの人も、アレルギーのない人もみんなで一緒に楽しめる食文化、食のバリアフリーを広めたい」
一人のために全力をつくすことがみんなのために繋がっているのだと思います。
ケーキ以上のケーキを目指して、今後も飽くなき探求を続けていきます。